
GIF と LZW 特許 — 1984 年 Welch 論文から特許失効までの20年史
1990 年代後半、Web 開発者・OSS コミュニティを震撼させた「GIF tax」事件をご存知でしょうか。CompuServe が 1987 年に公開した GIF (Graphics Interchange Format) は、内部で LZW という可逆圧縮アルゴリズムを使っており、その特許を保有していた Unisys が 1994 年に「商用 GIF 利用者からライセンス料を徴収する」と発表したのです。これに対する抗議として PNG が誕生し、各 OSS プロジェクトが GIF からの離脱を進めました。本記事では、この LZW 特許の経緯を 1978 年の Lempel-Ziv 論文から2003-2004 年の特許失効まで、IEEE 論文と USPTO の一次資料で時系列に整理します。
前史 — Lempel と Ziv の 1977 / 1978 論文
LZW を理解するには、まず Lempel-Ziv 系列の前提となる2本の論文を押さえる必要があります。イスラエル工科大学の Abraham Lempel と Jacob Ziv は 1977 年と 1978 年に IEEE Transactions on Information Theory に画期的な可逆圧縮アルゴリズムを発表しました。
- LZ77 (1977): Ziv & Lempel "A Universal Algorithm for Sequential Data Compression" — スライディングウィンドウを使う後方参照型。後の DEFLATE / gzip / ZIP / PNG の基礎
- LZ78 (1978): Lempel & Ziv "Compression of Individual Sequences via Variable-Rate Coding" — 辞書 (dictionary) を逐次拡張する型。LZW の親
両論文とも IEEE で正式査読を経た学術発表で、アルゴリズム自体は公知として扱われました。Lempel-Ziv 法は情報理論的には「漸近的に最適」である(典拠率がエントロピーに収束する)ことが証明されており、現代の主要圧縮ツールの理論的基盤になっています。
Welch 1984 — LZW の登場と Sperry 特許
LZ78 は理論的には優秀でしたが、辞書管理の実装が複雑でした。Sperry Corporation (後に Unisys と合併) の研究者 Terry A. Welch は 1984 年 6 月、 IEEE Computer 誌に "A Technique for High-Performance Data Compression" を発表。LZ78 を実装ベースで改良し、ハードウェア化を念頭に置いた具体的な辞書アルゴリズムを示しました。
Welch の主な貢献:
- 初期辞書をすべての単一バイト (0-255) で初期化
- 新しい文字列を見つけるたびに辞書に1エントリ追加
- 9-bit から始まり、辞書が満杯になると 10, 11, 12-bit と動的に拡張
- 固定長コードで送信できるため実装がシンプル
Sperry は 1983 年 6 月にこの内容で米国特許を出願 (出願日 1983-06-20)、1985 年 12 月に US Patent 4,558,302 "High Speed Data Compression and Decompression Apparatus and Method" として登録されました。発明者は T. A. Welch。米国特許の存続期間は当時の規定で出願から 20 年 (実際には登録から 17 年と出願から 20 年のうち長い方)。
同種の特許は欧州・日本・カナダにも出願されており、LZW を商用実装する際の特許リスクは長らく国際的な問題となりました。
GIF の誕生 (1987) と LZW 採用
パソコン通信全盛期、CompuServe のエンジニア Steve Wilhite は 1987 年 6 月、複数機種間で画像を共有できる形式として GIF87a を策定。圧縮には Welch のアルゴリズムを採用しました。1989 年にアニメーション・透過対応の GIF89a へ拡張、これが現在も流通している仕様です。
当時の CompuServe は LZW が特許対象であることを明示的には認識していなかった、あるいは公知技術の範疇と判断していたとされます。GIF 仕様書には特許に関する明記がなく、実装は事実上自由に行われ、Web ブラウザ初期 (Mosaic 1993, Netscape 1994) の標準画像形式の一つとして急速に普及しました。
1994 年 — Unisys の「GIF tax」発表
1986 年に Sperry と Burroughs が合併して Unisys が誕生。LZW 特許も Unisys に承継されました。Unisys は 1993 年 12 月、CompuServe との間で LZW ライセンス契約を締結し、CompuServe からのライセンス料徴収を開始。続いて 1994 年 12 月 28 日、CompuServe から発表された「GIF を使用するプログラム開発者は Unisys にライセンス料を支払う必要がある」という公式アナウンスが世界中の Web 開発者を震撼させました。
Unisys はその後、商用 Web サイト用 GIF にも料金を要求する姿勢を示し (年間最低 $5,000 など)、フリーソフト・OSS への対応も二転三転しました。一連の発表は「GIF tax」「Burn All GIFs Day」(1999 年 11 月 5 日) として記憶されています。
- 1994-12-28: CompuServe / Unisys 共同発表 — LZW ライセンス必要を表明
- 1995-01: PNG 仕様策定の議論が USENET / IETF で開始
- 1996-10: PNG 1.0 が W3C 勧告化 (RFC 2083)
- 1999-08: Unisys が「Web サイト所有者からも徴収する」と方針追加
- 1999-11-05: League for Programming Freedom が "Burn All GIFs Day" を呼びかけ
対抗策としての PNG 誕生 (1996)
GIF tax 騒動を受けて、特許に縛られない次世代フォーマットの策定が急務となりました。Thomas Boutell をはじめとする有志が中心となり、IETF / W3C プロセスに従って PNG (Portable Network Graphics) が設計されました。圧縮には特許切れ・公知の DEFLATE (LZ77 + Huffman、PKZIP の Phil Katz が公開) を採用。
- 1995-01: png-list メーリングリスト発足
- 1996-10-01: W3C 勧告 / RFC 2083
- 2003-11: ISO/IEC 15948:2003 国際標準
PNG は 24 bit カラー対応、アルファチャンネル (8 bit 透過) など GIF を機能的に上回る一方、アニメーションには対応していないため、GIF の完全な代替にはなりませんでした (APNG は 2008 に Mozilla が独自拡張、長らく標準化されず)。アニメーション領域では結局 GIF が生き残り続け、特許失効を待つことになります。
特許失効のタイムライン
LZW 特許の出願日を起点にすると、各国での失効時期は以下の通りです (USPTO・EPO・JPO・CIPO の公開記録に基づく)。
| 国・地域 | 特許番号 | 失効日 |
|---|---|---|
| 米国 | US 4,558,302 | 2003-06-20 |
| 欧州 (EP) | EP 0129439 | 2004-06-18 |
| 日本 | JP 2,123,602 | 2004-06-20 |
| カナダ | CA 1,223,965 | 2004-07-07 |
米国を皮切りに、2004 年中盤までに主要国で LZW 関連の特許保護期間が終了しました。これに合わせて Unisys は 2003 年 6 月以降、特許に基づく新規ライセンス徴収を停止しています。
注意点として、ここで失効したのは「Welch 1984 由来の LZW 圧縮そのもの」に関する特許です。動画圧縮 / 画像合成 / フィルタ処理など別技術については、別途特許状況の確認が必要です。GIF の仕様書 (フォーマット定義) 自体は CompuServe が公開しており、特許対象ではありません。
PNG / APNG / WebP / AVIF への流れ
GIF tax 騒動とその後の20年で、Web 画像エコシステムは大きく変わりました。
- 1996: PNG (静止画・特許フリー)
- 2008: APNG (Mozilla 拡張、アニメ PNG) — Firefox / Safari は対応、Chrome は 2017 まで非対応
- 2010: WebP (Google、VP8 ベース、可逆/非可逆両対応、アニメ対応)
- 2018: AVIF (AOMedia、AV1 ベース、HDR・広色域対応)
現在、WebP / AVIF が img タグでアニメーションを再生でき、ファイルサイズも GIF の 1/5〜1/10 程度まで小さくなります。軽量・高画質の観点では GIF より新フォーマットが有利な場面が多くなりました。本サイトの WebP / AVIF / JPEG の使い分け も参照してください。
一方で、GIF はコピー&ペースト互換性、SNS の自動再生、対応ブラウザの広さで現在も独自の地位を保っています。
現在の取り扱い (一般情報)
2004 年中盤以降、LZW 特許に基づく追加のライセンス徴収は終了しているとされ、それ以降に登場した GIF エンコーダ・デコーダ実装 (gif.js, libgif, FFmpeg の gif muxer など) は追加の特許ライセンスなしで OSS として一般に流通しています。本サイトの GIF アニメ作成ツール も MIT ライセンスの gif.js を採用しており、商用・個人利用ともに広く使われています。
なお、本記事は特許史の一般解説であり、法律実務・知財判断についてのアドバイスを目的とするものではありません。個別の業務・製品で GIF / LZW を採用する際の法的判断 (使用する実装ライブラリの来歴、地域別の特許状況、契約上の制約など) は、必ず弁理士・特許事務所など知財の専門家にご相談ください。著者は法律・知財の有資格者ではなく、本記事の情報を根拠とした判断についていかなる責任も負いません。
まとめ
- 1977-1978: Lempel-Ziv が LZ77 / LZ78 を IEEE で発表 (公知)
- 1984: Welch が LZW を IEEE Computer で発表、Sperry が特許出願
- 1985: US Patent 4,558,302 として登録
- 1987: CompuServe が GIF87a を公開、LZW を採用
- 1994: Unisys が「GIF tax」を発表、Web 業界に衝撃
- 1996: 対抗策として PNG が W3C 勧告化
- 2003-2004: 米欧日カナダで LZW 特許が順次失効
- 現在: 主要な OSS 実装が広く流通、本記事は特許史の一般解説
参考文献・ソース
- Welch T.A. (1984) "A Technique for High-Performance Data Compression" IEEE Computer 17(6):8-19 ↗
- Ziv J., Lempel A. (1977) "A Universal Algorithm for Sequential Data Compression" IEEE Trans. Inf. Theory 23(3):337-343 ↗
- Lempel A., Ziv J. (1978) "Compression of Individual Sequences via Variable-Rate Coding" IEEE Trans. Inf. Theory 24(5):530-536 ↗
- USPTO Patent 4,558,302 — Welch (1985) ↗
- RFC 2083 — PNG (Portable Network Graphics) Specification ↗
- ISO/IEC 15948:2003 — Computer graphics and image processing — PNG ↗
- League for Programming Freedom — Burn All GIFs Day archive ↗
- CompuServe — GIF89a Specification (1990) ↗
記事作成に関する注記
本記事は AI(大規模言語モデル)を編集補助として活用して作成しています。 公開前に編集者が内容を確認していますが、事実誤認・仕様の解釈ミス・最新情報との齟齬が含まれる可能性があります。 重要な判断を行う際は、本文中の一次ソースや公式ドキュメントを必ずご自身でご確認ください。 誤りにお気づきの場合は、お問い合わせフォームよりご連絡いただけると助かります。


